突然の出来事だった。
あっと言う間だった。
信じられなかった。
悪い夢だと思った。
彼は叫んでいた。
底なしの穴に向かって呼びかけているようだった。
そのまま、彼も一緒に吸い込まれてしまうのではないかと不安になるような声だった。
あんなに長く感じたのに、三時間も経ってなかった。
誰もが、茫然としてた。
涙を流す暇も無かった。
一夜明けて、彼は、いつもの彼に戻っていた。
すべき事が山のようにあって、忙殺された。
様々なモノ達が訪れ、腰を下ろす暇も無かった。
テキパキと流れに乗って次々に事を進めた。
・・・違った。
いつもの彼ではない。
いつも猫背の彼が、シャンと背を伸ばしてあごを引き、ことさらにいつもの飄々とした様子を崩さずに、時には弔問客を気遣う笑みすら浮かべる。
いつもの彼ではない。
私も、ふとした瞬間に、気が遠くなる感じがした。
涙はついに流れなかった。
そのタイミングを逸してしまったように、私たちは、茫然と見送った。
親父さん
親父さん
とても小さな親父さん
私たちは、なんと、小さく脆く頼りないのでしょう。
あなたはなんと、大きく強く、私たちを支えてくださっていたのでしょう。
「ありがとう、親父さん」
ため息をつくように、やっと声をしぼり出したら、涙が溢れた。
あられもなく泣く私の肩を、今ではすっかり大きく骨ばった彼の手が親父さんそっくりに撫でさすってくれた。
「猫娘、ありがとう」
彼の声はひどく優しく悲しく響くのに、涙をどこかに置き忘れた様子なので、私は、また泣いてしまった。