偶然の再会だった。私にとっては。
旧い友人の彼は、ひょっこりと目の前に現れたのだ。
子供時代に不思議な日々を共にした奇妙な少年。
目の前の青年を一目見たときに「あ」と声が出てしまった。
「久し振りだね。」と彼は、つい一月ほど前にも会ったように話しかけた。
彼は事情を私に告げて、私の車で自分をある場所へ連れて行ってほしいと言うのだ。相変わらず突飛すぎる話で理解を越える、なのに全く逆らえる気がしない。言われるがままに巻き込まれていくのも昔と同じだ。あの頃は私の家族も引き込まれるように彼に従っていた。
これは、魔性に魅入られると言うことなのだろうか?
彼には後部座席に乗ってもらった。
助手席で小皺を間近に見られるなんて避けたかったし、なにより、慌てふためいたり、年甲斐も無くはしゃいだり、照れ臭かったり。要は動揺していた。
彼は、意外とちゃんと年を取っていた。それでも私の息子か甥にしか見えないだろう。
煙草で潰れた喉から紡がれる声はザラザラしてるけど、はにかんだような不思議な甘さを含んでいるので、この男は少年時代のままにロマンチストなのだと思う。
その癖、奇妙に深く響いて良く通る。小声で話しかけられてもちゃんと聴き取れた。彼の本当の声は、きっと人間の声とは違う経路で私たちの耳に届くのだろう。地の底を出自とする妖しの声だ。
私が少女だった頃には、そんな風に思い至らず不可思議な魅力に絡め取られていた。
でも、今なら判る。
「久し振りね、鬼太郎さん。」
「今は、田中って言ってるんだ。」
「そう呼んだ方が良い?」
「いや、鬼太郎で頼むよ。夢子ちゃん?」
「嬉しいわ。でも人が居るところでは天童さんって呼んでね。」
「結婚してないの?」
「今はね。もう懲り懲りよ。」
自分の息子とも言えるような見掛の青年に名前を呼ばせるのは気を使う。あの彼女なら、今でも「鬼太郎」って呼ぶのかしら?
彼女は、美人ではなかった。可愛い、とも言いにくかった。むしろ奇妙なバランスの顔立ちだった。時代遅れといって良いような地味な支度だった。
そもそも人間の女の子じゃなかった。だから、私は安心して彼女に心を開けた。彼女と居る時には、女として張り合う必要も、優等生らしくする必要も無かった。どんな女友達よりも、素のままの天童夢子で付き合えた気がする。
思えば彼女は、誰にとってもそんな存在だった。後部座席にいる(昔とは打って変わって)冴えない風情の若い男にとっても。
いや、多分、彼にとってこそ。
今だから、よく判る。
「彼女はどうしてるの?猫娘ちゃん。」
「これから逢えるよ。」
言われるままに車を走らせて着いた場所に、少し大人になった彼女が立っていた。ちょうど後部座席の男と釣り合うくらい……いいえ、彼が合わせているのかしら?
バックミラーを覗いたら、喉の奥から笑いが漏れた。いそいそと車を降りる彼の仕草から心内が見える。昔は判らなかったけど、今の私にはよく判る。
歩み寄る彼女は、美人ではなかった。可愛い、とも言いにくかった。奇妙なバランスの顔立ちだった。時代遅れといって良いような地味な支度だった。
でもあの頃とはっきり違った。
彼女から、目が離せない!
私だけでなく、道往く人の誰もが同じだった。
不可思議な雰囲気だが、不快感は無かった。魅力というよりも、引力に近かった。
「久し振り、夢子ちゃん?」
私に向けられた笑顔も声も、親しみ深い日向の暖かさがあった。
何十年もの時を跨ぎこし、懐かしくて涙がこぼれそう。心が根こそぎ奪われるような、そんな気持ち。
……思い至った。彼女、女妖だった。
初めてゾクリとした。彼女の魅力は、物語に出てくる女幽霊の妖艶とあまりにも懸離れていたけど、人外の魔性なのだと感じた。こうして魂は奪われるのだと思った。
「あぁ……あなたも大人になったのね。」やっと笑顔を作った。
彼らに手を振り、遠ざかるバックミラーの鏡像に話しかける。
「今でも、よく判らないのよ?少女の私は、どちらに魅かれていたのかしら?」
溜息とも安堵とも取れるような深い息をひとつ吐いた。
私はすっかり大人になってしまったのだわ、と思った。