2011-06-29

身辺整理など

 (なんでこうなった?)と天井を眺めて俺は自問自答する。隣に目を向けるとソバカスだらけの白い背中と褐色の強いブロンドが白いシーツに横たわってる。一昨年離婚した前妻だ。

 親父の危篤で慌てて軽井沢に帰って来たので、ドイツには何もかも放りっぱなしだった。
 病院でのリハビリや検査のオーダー、シェアハウス中の部屋。それらを放りっぱなしのままに、俺は蛙男に変生し、松下家令嬢の家庭教師やら、後見人やら、自称・メシアの第一使徒やら、とにかくバタバタしてる間に一ヶ月過ぎてしまった。つまり、就労関連の申請を何一つしていない内に報酬が発生してしまった。俺は18歳でドイツ国籍に切替えてる。日本生まれの日本育ちだが法規上は外国人となる。今の俺は『旅行者』として滞在してるので就労用の手続きが要る。これを怠ると不法就労になってしまう。非常によろしくない。
 そこへボンの前妻から打診だ。子供のDNA鑑定をするので可能性のある俺も一応サンプル採取したいというのだ。正直「知 る か !」と言いたい。子供が生まれる10ヶ月前、俺は紛争地に赴任していた。誓って俺の子じゃない。当時の彼女の恋人で今の夫で、彼女の直属の上司だった男の子供だ。が、生まれた子供に罪はない。大人げないことは言わない。すべて過ぎ去ったことだ。仕方ない。付き合うとする。

 つまり、ドイツには諸々身辺整理に来た。なのに、その滞在先のホテルでヤヤコシイ事になってしまった。予定外だ。なんでこうなった?
「だ、旦那と揉めたのか?」
身支度を始めた前妻に訊いてみる。
「まさか!」
事の始めから終わりまで、彼女に一切惑う様子はなかった。俺との結婚中、今の夫と付き合ってた頃もこうだったのだろうか。
「じゃ、なんでこんなことに?」
俺が欲望に踊らされた自覚はある。が、相手のあまりに清々した態度を見ると如何にも自分が消費された気分になる。テニスをワンゲーム楽しみましたって感じだ。
「私達、嫌いで別れたんじゃないし?」
「なら、なんでアイツの子供なんか!」
「結婚してみて判ったのよ。あなた向かないわ、夫にも父親にも。」
「なんだよそれ」
「またドイツに来たら連絡ちょうだい」
「悪いが二度と会わねぇ!」
ついに俺は大人気ない態度をとった。

 前妻を送る為にロビーに降りたら、フロントにお嬢さんが突っ立っていた。俺も彼女を見つけて棒立ちになった。滞在先は伝えてあったが。
「お嬢さん、何故此処に?」
思わず口から出てしまった言葉を笑顔で取り繕ってみる。が…
「じゃあね、セイ。素敵だったわ。」
態と鼻にかかった声で、前妻は意味深な台詞を言い捨てて行った。

 お嬢さんは前妻の後姿が見えなくなるまで、たっぷり目で追った。修行中なれど魔女たる彼女には全てお見通しだ。ましてや自分の使役魔の行動に鈍感なはずはない。
俺を真正面から見据えて口を開いた。
「スケベ」

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